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そろそろあの件について書いておく。その1

SNSでのお付き合いの長い人は自分がかつて船の仕事をしていて、その時に結構ハードな目にあっていたことを知っている人が多くて、でもここ数年で出会った人たちはそれを知らなくて、そういった人たちが入り乱れている場にいると…

ねぇ、あの話しなよ

みたいな酒の席が随分と増えたのと、最近は喘息がハード過ぎて本当にしばらくお酒を飲んでいないのと、病床にふせっているので何かをしていないと気が紛れない感じなので書いてみようと思います。

船舶貸渡業(せんぱくかしわたしぎょう)

それがその時の事業でした。別に目新しいビジネスではありませんが、こういった事業を可能とする会社は世の中にそう多くはありません。説明が面倒臭い時は船屋さんとか海運業とかいっちゃってましたが、正式には船舶貸渡業です。

1. 船舶を買う
2. 船舶を(船会社)に貸す

こんなシンプルなビジネスでした。しかし、業界も数100年の歴史があり、プロトコルの多い世界ではありました。しかも、1で購入する船舶は大体2で借りる船会社が造船所に発注している船であることがほとんどでした。なぜそんなことをするのか?は税金対策です。そう、パナマペーパー的なアレです。

大手船会社に船を貸すとはいえ、また、その大手船会社から船舶を買い取るので船主(せんしゅ)ともいいます。特に自分がいた瀬戸内海エリアにはこの船主が多数健在しており瀬戸内船主とも言われます。愛媛船主とも並び、共通の祖先にあの村上水軍がいるとも言われています。その歴史は本当に凄いです。っていうても海賊ですけどね。

何でそんな仕事に就いたのか?

他になかったんだよぅ…田舎でITのお仕事なんかないよ本当に…元々SIerのプログラマーだったけど、そんな仕事は全くなかったです。東京の知り合いとかから受託開発をもらって細々と暮らしていた頃も一瞬ありましたが、社会保険といういいものがありましてね、えぇ、そういうことです。

それでも自習?は今も継続しているし、勉強は続けていまして、数年後には東京に戻ってきてまたITなお仕事に戻ってくるわけですが、それはまた別のお話です。

とにかく未経験だった結果?

いきなり新造船の建造現場に単身赴任になりました。土日だけ造船所のある長崎の大島という島から高速道路ぶっ飛ばして自宅のあった山口県東部まで行き来していました。これが最初の半年くらいやってたことです。とにかく船のフの字も知らないわけで、構造から素材から何から行って覚えてきなさいということでした。毎日、ツナギとヘルメットと安全ベルト(落下防止)と打診用のハンマーを持って、引き渡し前の自社の所有船になる船の建造を毎日立ち合っていました。おかげで溶接とか塗装とかの知識がつきました。あと、長崎は海の幸も豊富で焼酎もビール(地ビールがあった)もうまくて毎晩浴びるように酒を飲んでました。あと、高所に梯子で登ったりすることが多く、やたらと上半身の筋肉がモリモリになったりしました。もちろん、後に全部脂肪に変わりましたが…単身赴任前は75kgだった体重が、半年で80kgになっていました。

例えるなら不動産オーナーに近いのかな

不動産オーナーって自分の賃貸物件の管理義務があるじゃないですか。アレに近いです。資産(船)の管理運用をしなければならないのは船主も一緒でした。不動産オーナーは不動産管理会社に管理を委託しますよね。船も船舶管理会社に船舶の管理を委託します。そんなスタイルの中、我々は管理会社に厳しく口出しをして、借主の顧客満足度をあげるのがお仕事でした。

                      その2→

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Cloud Architect/Consultant @ Tokyo

サンキューなっ(CV:野沢雅子)
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難治性喘息・脊柱管狭窄症(椎間板ヘルニア)・便意と戦う技術系おっさん。技術系はQiitaとかに書いてます。 https://qiita.com/tokifuji

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